宮部継潤

【元ネタ】史実
【CLASS】ランサー
【マスター】
【真名】宮部継潤
【性別】男性
【身長・体重】165cm・53kg
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力C 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運A 宝具B
【クラス別スキル】
対魔力:C
 二工程以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等、大がかりな魔術は防げない。

【固有スキル】
軍略:C
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
 吉川元春、島津義弘、島津家久と言った名立たる将星を撃退し、秀吉に“日本無双”の感状を受けた名将。

怨霊調伏:C
“臨兵闘者皆陣列在前”の九字が成す、邪悪な呪いへの抵抗呪文。
 成功すれば敵の魔術を封じ込められる。
 
【宝具】
『日本無双(ひのもとむそう)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:0~50 最大捕捉:500人
「秀吉、宮部には日本無双といふ感状を与へる」
 という、後に神霊になった天下人からの日本無双と評された逸話が宝具となったもの。
 発動することで神霊・豊国大明神の支援を得る。
 自身を含めた味方の全パラメータが1ランクアップし、ACも+500される。
 さらに相手が著名な死因・弱点を持っていた場合、それに合わせた特攻攻撃も可能となる。
 ただし、上記の効果は『日本出身の人間・英霊・怪物などと対する』場合にのみ力を発揮し、
 日本出身でない者に対してはまったく効果を発揮しない。

【Weapon】
『薙刀』
 長い柄の先に反りのある刀身を装着したポールウェポン。僧兵の主力武器でもある。
 源平時代には武士の主力武器として扱われたが、南北朝時代以降は“振り回す”特性が集団戦術に合わず、槍に取って代わられた。

【解説】
 豊臣家臣。元は小豪族を出身とする比叡山の山法師(僧兵)であったが、還俗して浅井家臣となる。
 しかし、織田信長と浅井長政の仲が悪化し戦争状態に突入すると、羽柴秀吉の調略に応じ織田家に寝返り、
 旧主浅井との戦いで多くの勲功を挙げた。
 以降、秀吉に付き従って武功を重ね、その軍略を信頼されるようになっていく。

 中国攻めの初期は秀吉の弟・秀長に同道していたが、やがて山陽方面を任された秀長に代わって
 山陰方面全体の指揮を担う大任を任せられる。
 秀吉が所謂『鳥取城の渇え殺し』と評される兵糧攻めを行っている間は、
 敵の名将・吉川元春率いる救援軍を、鳥取城の陥落まで撃退した。

 本能寺の変が起きると、秀吉は謀反人・明智光秀を討つために軍を返した(中国大返し)が、
 宮部継潤は留守居を担当し、最も毛利家に攻撃される可能性の高い因幡鳥取城を任される。
 これは秀吉の背後を守るという大任であり、継潤対する秀吉の信頼のほどが伺える。

秀吉が天下人となった後の九州征伐においても活躍。
 島津義弘、島津家久という二人の名将を相手に、空堀や板塀を用いて堅守し、勝利の一因を担った。
 この功績により秀吉に『日本無双』の感状を与えられたという。

 武勲だけでなく政治にも秀でており、検地や銀山経営なども執り行った。
 晩年は高齢を理由に隠居したが、秀吉に請われて御伽衆となり、重臣の一人として政務にも携わっていたという。

 知名度は低いが秀吉麾下でも屈指の名将。
 だがコーエーの査定は低く、吉川にも島津にも殺されるため、全然史実が再現できないという悲しみ。

  • 最終更新:2016-01-18 04:13:45

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